ボイトレのビフォーアフター動画を公開した話

あいさつ

どうも、たけみやたけるです。

今日はビフォーアフター動画を公開したので、その内容について書いていきます。

さて、先日ついに作曲家デビューしました!

初の提供楽曲となるこの曲を聴きながら続きを見ていただけると幸いです。

片瀬萌南『メリトクラシー』

どうぞよろしくお願いいたします。

動画本編

こちらを見れば一目瞭然!チャプター機能もあるのでYouTubeサイトで見るのがオススメです。

そしてこちらは、動画で使った画像です。

よくあるボイトレで学べるのは「音感」と「制御」の部分だけ。

でも、歌が上手いかどうかの本質は、そもそも発声に向いている肉体であるかどうか。つまり生まれ持った「歌の才能」なのです。そして、これは「基盤」に該当します。

「基盤」を育てなくてはダメだと気付いたのは、ビフォーの歌を録ってすぐあとの時期。

それまでは普通のボイトレで成長できると信じて頑張っていました。

こんなふうに。

つまり、Beforeですでに5年ほど歌を練習したあとの、ある意味「After」なのです。

だから、Beforeの時点で上手くないとおかしいのだけど、才能がないゆえに残念な歌になっています。

BeforeとAfterを聞き比べることで、普通は手に入れることのできない「歌の才能」を獲得する様子がわかるという寸法です。

比較ポイントはこちら。

歌の上手さに録音環境は関係ないことが如実に表れました。上声道を使うことでしか出せない抜けの良い倍音。これは歌の才能を理解するための重大な要素です。

という感じの動画になりました。

私の屍を踏み越えて、歌というものの本質を理解してもらえたら幸いです。。

ほんと、生徒たちは自分の何倍ものスピードで進化していくので嬉しくも切ないです。くぅ〜。

まあ役に立てている以上、挫折した甲斐があるというものですが。

おわりに

動画作りって大変だなと改めて感じます。

今回は喋るだけだーと思っていたけど、喋る内容はちゃんと整理しておかないとグダる。

動画にするには画の素材も必要だし。

ちゃんと説明するには図も作らないとダメで・・・。

今回は準備をサボってたからこそ長くなってしまいました。うーん。

何か良い方法はないだろうかと、模索中・・・。

それではまた。

「言霊」の意味を理解した話

あいさつ

どうも、たけみやたけるです。

3曲作って3曲ともボツにした破れかぶれのなか、憂さ晴らしに記事を書いております。

先日、ついに作曲家デビューしました!

初の提供楽曲となるこの曲を聴きながら続きを見ていただけると幸いです。

片瀬萌南『メリトクラシー』

どうぞよろしくお願いいたします。

本題

「言葉には魂が宿る」とよく言われる。

発した言葉が現実になる!というトンデモな話。

けれども、嘘くさいとはいえ、なんとなく否定しきることもできず、小さい頃から疑問のまま残っていた。

そんな「言霊」の正体が、ついに言語化できるくらいに理解できたので書いていきたいと思う。

気づけば私が信仰している「アドラー心理学」「天風哲学」などがもろに関連してくる内容になるであろう。専門家とかではないのでたぶん素人くさくなるけれど、そのぶん本質的な部分だけに触れる思われる。

言霊の正体は「理由探し」

理由探し。端的に言うとそれだけなのだと思う。

「できる!」と言ったら、できる理由を探してしまう。

「できない!」と言ったら、できない理由を探してしまう。

「私は不幸だ」「私はかわいそうだ」と言う(心で思う)と、その理由ばかりを探してしまう。

つまり、自分の中の不幸な側面を切り出してしまうのだ。

天風哲学的にみると

「後付けの理由」が心を塗り替える

「世界は物の見方ひとつでまるっきり変わってしまう」という天風哲学。

例えば「何事にも感謝しなさい」という話。

血を吐くような病にかかった天風氏は、その師匠にあたるインドの人に「病気になったことを感謝しなさい」と言われる。

病に感謝するなんて到底受け入れられないけれど、ひとたび感謝してみる。すると、「死なずに済んでいることに感謝する」という理由づけが後から現れるのだ。

ここに言霊の正体が見える。

「病気よありがとう!」という結論があって、それを正当化する理由を無意識に探し当ててしまうのだ。

そうすることで、心は一気にポジティブに塗り替えられる。

「病は気から」の正体

また、人の心と身体をつなぐ「ナーバスシステム」の話もまさに言霊と同じ。

心がネガティブになると、ナーバスシステムが反応して、身体を弱体化させていくという。

「私は不幸だ。何もできない。なぜなら身体が疲れているから。何の能力もないから。」という風に、自身のネガティブな主張を捕捉するかのように、身体の弱い側面ばかりを切り出して並べてしまうのだ。

そうして正当化が完了すると、まさに「病は気から」というやつで、弱くなるための根拠ばかりを探して心身ともに衰弱していく。

誰しも、普通は無理なのになぜか気合いで乗り切れちゃった体験があると思う。それができたのは、言霊のような作用があなたのシステムを強くしたせいかもしれない。

アドラー心理学的にみると

結論ありきで根拠を探す

アドラー心理学で衝撃的なのは、「自分を嫌いだと思うのは、あなたが自分を嫌いたいと思っているからである」「あなたが怒っているのは、あなたが怒りたいと思っているからである」という大逆転の発想。

これも言霊につながる。

「自分なんて嫌いだ!」と思ったら、「なぜなら自分は…」「だってあのとき…」と連想し、理屈を固めようとしてしまう。

逆に「自分が好きだ!」と思ったら、無意識の一瞬で「たとえば…」と自分の好きなところを思い浮かべてしまう。

怒っているときも同じで、怒るための根拠を探し、「ゆえに私は怒ってもよい」と主張できる状況を作り出す。だからこそ自信を持って怒れるのだ。キレていてどれだけ弁明しても話が通じない人は、怒るための根拠だけを並べて、他のすべてを無視しているのだ。

逆に「私は楽しんでいる!」とひとたび思い込んでみたら、その場において自分を楽しませてくれる要素を見つけようとするだろう。「宣言」することがいかに大切かがわかる。

それはすなわち目的論

これは「まず目的(結果)を考えて、そのための道筋(手段)を考える」というアドラーの「目的論」の考え方にもぴったり当てはまります。

アドラーの「目的論」は、フロイトの「原因論」の逆と言われますが、言霊で考えれば、実際は同じようなものだと思います。

原因論では、理由を考えてから結果を考えます。「僕には才能がない。お金もない。人脈もない。だから音楽家にはなれない。」という風に考えて不安になる。

でも、その理由はすでに、自分の都合で切り出して集めた理由。「できない」や「諦めたい」という結論ありきで集めた理由なのだ。ということは、原因論って、単にネガティブな目的論とも言えるかもしれない。

逆に、「私は音楽家になれる!」と宣言してしまえば、ポジティブな理由や手段が出てくるものだ。例えば、「作家事務所にさえ入れたら」「いや、まず曲を作ってから考えよう」みたいに。

そうやってまず一歩進まないと、視界は開けない。結論なんて見えてくるはずがない。

だから、心を強くするためには、まず叶えたい目標を宣言して、目的論で考えるべきだ。

そう、自分は何がしたいのか。それに向き合うべし。他人のせいにせず、責任を持って考え続けるのじゃ!!

おわりに

こんな風に、言霊の正体は「理由探し」であるという結論に至りました。

「言霊やのに声に出してないやんけ」と思われたかもしれませんが、むしろ「心で思う」ほうが良い気がしています。

声に出しても、外界への責任感が増すだけ。「言ったからにはやらねば…」という使命感が増すのだと思います。

でも、そのプレッシャーで悪化したり、無理をして破綻することもあると思います。

心の底から「できる」と信じられないことは、口に出したって意味がないのです。

言葉にはいつも「本音」と「建て前」があって、やはり本音にしか言霊は宿らないでしょう。

だからこそ、むしろ他人に聞かれないように本音を発するのがいいと思うのです。

今回考えてみて、「言霊」は、心を強くする哲学とも結びついているように思いました。ぜひあなたもいつでもポジティブになれるよう、言霊を使いこなしていきましょう。

それにしても偉人の思想はすごいなと思います。ほんと助かる。感謝。

それでは、また。

メリトクラシー 聴いてね!

JAM Project『VICTORY』コード進行&押さえ方[ギター弾き語り実演♪]

JAM弾き・60曲目です!

伝統的な曲!!という感じの最高に楽しいスパロボ曲!!

そして自らを苦しめるためとしか思えない長〜いラスサビ!

コード進行もなかなかいかれているけど、弾きやすいコード。ありがたや。

GONGと言いVICTORYと言い、河野先生の転調本能、みたいな、頭の中は一体どうなっているのやら。

あと今回ハモリもめちゃくちゃ楽しいことを知りました。

けっこうごまかしながら歌ってしまったので、いつかマスターしたい。。

ライブではめっきりフル尺でやることはなくなったので、やはりここは挑戦すべきだろうという逆張り精神。

動画公開が何ヶ月も滞るくらい難しいですが・・・。

持たざる者でもなんとか歌えたので、ぜひ挑戦してみてください!

楽曲

音域

最低音:mid1D
サビ最高音:hiD

コード進行

コードの押さえ方(一部)

(また元気なときに書きます。困った人は急かしてください)

弾き語り動画

感想

楽しい!楽しかった!合奏って最高!

随分とバンドをやってないので、何か「せーの」で合わせるあの感覚を久々に思い出した感じ!

今回は自分との合奏だったけど、いつか他の人とやれたら最高だろうなー。

60曲台も突っ走っていけるように、孤独な旅路だけどがんばるぞ!

てかウクレレの使い方これで合ってるのか全然わからんけどまあ、いいか。

それではまた!

Twitterをやめたらクリエイター力が上がる話/機械学習で考える「才能」の話

たけみやです。

作曲家でボイストレーナーでITエンジニアです。歌が苦手です。

この記事は雑談です。

「Twitterの話」と「才能の話」をします。

ちょっと深そうなことを考えたいときに読んでもらえると幸いです。

それではいってみよー。

内容まとめ

  • クリエイターにとってはツイートも創作物である。創作活動に使われるべきクリエイティビティの一部がTwitterに割かれてしまう。
  • あれこれ考えすぎてしまうタイプの人には特に向いていない。
  • 考えなしに成功できる人は、才能がある人。そして才能とは機械学習でいう「パラメータ」が最初から最適解に近い状態にあること。
  • 才能と努力は対等ではなく、一つのシーケンスに過ぎない。才能のなさに抗うためには、最適解に近づいていくための学習を行うしかない。

Twitterやめたら戻れなくなった話

Twitterを休んでみて1ヶ月ほど経った。

以来、Pinterestという程よく面白すぎないSNSのようでブラウザのようなアプリをごく短時間眺めるだけの、なんとも心地よい日常が続いている。

表現をする仕事だからということもあり、Twitterをやらないとこの世に存在できなくなるかのような気分で続けていたけれど、特にそんなことはなかった。

実際、Twitterから仕事が舞い込むような身分でもないわけで、現状はTwitterをやっても特に楽しくはなく、これと言って役に立つこともない上に、宣伝効果も期待できず、しまいには日々のバズりが目まぐるしくストレスになる。

そういうわけで、Twitterを休んでみた。すると、クリエイターとして得られたメリットがわかったので、軽く論じてみたいと思う。

まあこれは、ついにTwitterをやめる口実を発見したのでそれを正当化していきますという、言い訳の羅列みたいな記事になることでしょう。

クリエイターにとってはツイートも創作物である

ツイートも創作物だということがわかった。

創作をしたことのある人ならわかる話、創作という行為には本当にたくさんのエネルギーを使う。

日がな「それ」について考え続け、何日も「それ」をこねくり回して、ようやっと「それ」を完成させる。

Twitterという手段があることによって、「ツイートしなければい毛ない」という義務感が生じていた。

ツイートするからには、何か面白いことを思いついたり、素敵なことに出会わなくてはならない。そして、どのように文章をまとめるかを考え続けるので、脳のリソースの一部がずっと使われてしまう。

つまり、クリエイティビティの一部がTwitterに占有されてしまうのである。

短い文章にまとめること自体は、創作活動の一つで、その能力の向上と捉えることもできるだろう。でも、普段から創作しまくっている身にしてみたら逆で、ずっと濁った気持ちで曲作りなどに勤しむ羽目になるのだ。

あげく、ツイート編集画面で出来上がった文面を眺めて静かに「キャンセル」を押すことが本当に多い。悲しいくらい無駄な時間だ。

クリエイター個人として責任を持って表現活動をしていこうと思うと、好き勝手につぶやくのもはばかられるし、真面目なことを言うのも寒いし、かと言って面白いこと、素敵なことは日常においてそう多くない。というか、そもそも目立ちたいという欲求もない。

そう考えると、マジでツイッター向いていないな・・・。

Twitterには何かエネルギー的なものを吸い取られて、それだけな気がする。浅く広い付き合いが大好きなわけでもないので、やはり知り合いが増えても承認欲求の満足より先に精神の疲労で潰れてしまうであろう。

あれこれと考えてしまう人間にとっては、そのクリエイティビティは創作活動に向けるべきだ。きっと。まあ何も考えず思うままにツイートしても「どこまでも行ける人」は行けるのだろうけども。

それについては次の話題で語ろう。

機械学習にみる「才能」のあり方の話

さて、思うままにツイートしてもどこまでも行ける人、というのが出てきた。それはTwitterの才能がある人ということに他ならない。

才能の話を展開していこう。

仕事柄、才能について考えることは多い。

作曲についても、歌についても、あらゆる能力に才能が伴う。

才能とは何なのかということであるが、「機械学習」の考え方が題材として非常によい。

「猫と犬の画像を判別するシステム」でなるべく簡単に説明してみよう。

猫と犬の画像を判別するシステム

このシステムは、「画像」を与えることで「猫か犬の判定」を返す。

この処理は、画像→[ゴニョゴニョ]→2値 という入出力の変換と考えられる。

簡単に言えば、[ゴニョゴニョ]の部分で行う処理は行列の掛け算だ。

まず画像を行列で表し、それに[ゴニョゴニョ]行列を掛ければ0~1の値が出る。その値が0に近ければ「犬」、1に近ければ「猫」と判定するのだ。

この[ゴニョゴニョ]にあたる行列を「パラメータ」という。深層学習では、何十次元、何百次元というクソデカいベクトルになる。

「画像+犬or猫のラベル」という正解データセットをたくさん用意することで、システムは自動的に学習していく。

従って、機械学習システムでは、学習によって、パラメータを最適な値にじわじわ変化させていくこととなる。

要は、パラメータ(行列)をだんだんよくしていく。それだけわかればOKだ。

で、才能とは機械学習でいう「初期パラメータ」である。

システムは初期パラメータを持っている。乱数などで適当に作った行列だ。

おそろしく才能あるシステムは、そのパラメータが最初から最適な値になっており、「何も学習しない状態でも猫か犬かを完璧に判別できる」のだ。おそろしく有能。(もちろん天文学的な確率なのでリセマラしても普通は辿り着けない)

そして、やっと主題に入る。

才能ないシステムは、学習さえすれば理想のパラメータを獲得できるのだろうか

これを考えることが、人間の才能においても大変重要となる。

才能の対義語は努力じゃない

ここで必要となる用語が「局所最適解」だ。

このシステムは、学習するにしたがって、パラメータをじわじわ変化させながら犬猫判別の精度を高めていく。精度が上がらなくなってきたら学習完了だ。

さて、ではそこが本当に理想の地点なのだろうか。

判定精度が60%とかだったらどうだろう。このシステムの限界は本当に60%なのだろうか。

システムは、初期パラメータからじわじわと理想パラメータを目指す。よって、近くにそれらしいパラメータがあったらまずそこを目指す。少し離れると精度が落ちるのでまた戻る。そして留まる。そこが局所最適解。いわば才能の限界である。

例えば、高いところに行こうと思って近所のマンションの屋上にのぼった。でも隣町にはもっと高い建物がある。そして東京には東京タワーがあり、スカイツリーがある。

そんな感じで、最適解と思われた地点が実は本当の最適解ではないことがあるのだ。

本当の最適解は「全体最適解」と呼ばれる。

そのパラメータを持てば、犬猫を100%の確率で判別できるらしい。でもそこに辿り着けるのは、生まれつき初期パラメータがそれに近い機械学習システムだけ。

そう考えると、人間が曖昧化し続けている「才能」というものの残酷さが、少しわかりやすくなるのではないだろうか。

局所最適解への対策

対策の一つは、パラメータの変化を「じわじわ」でなく、もうちょっと激しくしようというもの。そうすることで、県境を越えるかのように、少し遠くの最適解が見つけやすくなるのだ。

人間の才能についても同じで、才能を獲得するために飛び越えなくてはならない境界が出てくる

例えば、一般的なボイトレは局所最適解を目指す。来る日も来る日も発声訓練を行なって、なんとなく声がよくなった気がする。でも憧れの歌手とはまるで違って、才能のなさをただ思い知るだけ。

私のやっているボイトレは、まず全体最適解の場所を提示する。生まれつき歌える人の「自由な歌声」を意識させる。現実を突きつけ、どれだけ離れているかを教える。固定観念を捨てさせ、当人の「普通の声」の認識から変えてもらう。それがすなわち、初期パラメータを全体最適解の領域に置くこととなるのだ。

そうすれば、あとは努力次第。きちんと全体最適解に近づいていけるのだ。

まとめるとこんな感じか。

  • 才能は、機械学習でいう初期パラメータである。全体最適解の近くに位置すればこそ、努力によって行けるところまで行ける。
  • 固定観念を捨てて全体最適解の領域に行くことで才能の壁を超えられる。

(定義上の全体最適解は唯一のものだけれど、もっとざっくり「ここよりもっと良いエリアにいって高みを目指す」くらいの感覚で思ってほしい)

「才能」から始まり「努力」で進むだけ

才能は初期値で、努力は学習。全くもって相反するものではない、ひとつのシーケンスだ。

才能に対抗するためには、もうひとつメタな目線でパラメータをいじる必要がある。固定観念を打ち砕き、もっと根本的な部分から模倣しなくてはならない。

才能に打ち勝つということは、それくらいの覚悟を持ってやらねばならない。

覚悟がない人は、他の才能を探すべきだし、才能の壁を超える覚悟がないのであれば、才能のなさを嘆いてはいけない。

Twitterの才能って?

Twitterの才能も、犬猫判定と大して変わらない。

どうすればリアクションが増えるのかを考えることは、パラメータ調整である。

何も考えずにみんなが喜ぶツイートができるということは、初期パラメータが優れているということ。リアクションに波がある人は、少し調整する必要がある。

一方、みんなが喜ぶツイートが自身の感覚と乖離しているタイプがいる。そういう人はマジで向いてないというか、まさに才能がないので、ここに長々と書いているような「学習」をしない限り良いツイートはできないのだ。

だから僕はツイッターをやめた・・・。

もちろんTwitterの才能を掴み取ることに燃えられたらよかったのだけど、なんか全く燃えない。興味が出ないのだ。

そんなところで、今日の雑談はおしまい。

Twitterは今後も宣伝だけという感じで、ほとんど見ないかもしれない。

才能に抗うのって本当につらいものなので、逃げます。

それではまた。

Now Foodsのカンジダサポートを解説してみた

こんにちは。たけみやです。

ボイトレの未来は「腸活」にあるだろうと思い始めています。

歌は、初めから上手い人と初めから下手な人がいて、それを分けるのは鼻腔・副鼻腔の機能で、それを決めるのは腸内環境が大きいではないか、ということになります。

ということで、腸の勉強を進めています。

本記事では、腸活に効果的と言われている、Now Foodsの「カンジダサポート」というサプリメントについて調べて書いていきます。

このサプリ、どの成分がどう効くのかよくわからなかったので、同じ疑問を持っている人の役に立てばと思います。

基本的にネットで調べた情報をわかりやすくまとめていくので、おかしいなと思ったらご自身で調べなおしてもらえると幸いです。

すごい眠いのでクオリティすごい低いかもしれないです。すいません。

それではいってみよー。

カンジダは普通の細菌

そもそもカンジダとは何なのか。

カンジダは細菌で、細菌の属名である。「カンジダ属」ということだ。

Wikipediaに書かれているカンジダは以下の4種。

  • Candida albicans:カンジダ症の原因となる病原体
  • Candida etchellsii、Candida versatilis:味噌などの発酵に関与。
  • Candida stellata:ワインの醸造に関与。

よく聞く「膣カンジダ」などで悪いイメージを持ってしまうけれど、対処すべきは1つ目の「カンジダ・アルビカンス」という種であることがわかる。

それも、普通は存在しているだけで特に悪さはしないらしい。体調が悪いときなどに病変を起こす「日和見感染」の性質だ。

そう考えると、カンジダと聞いただけで成敗したいと考えるのは、少しお門違いな気がしてくる。環境を良くすれば、カンジダも優しいカンジダでいてくれるかもしれないのだ。

カンジダサポートは民間療法の集合体

カンジダサポートは何をしてくれるのだろう。

誤解されやすいと思うけれど、これは医薬品ではなく、サプリメントである。すなわち、補助食品にすぎない。

では、どういった仕組みで、どういった効果が得られるのか。主成分の特徴を見ていこう。

ハーブ成分①:パウダルコ

パウダルコは、アルゼンチンとかに生えている木のこと。ブラジルの国花でもある。

これをハーブにしたものが、民間療法的に利用されているようだ。

パウダルコの抗菌性や殺菌性、病原菌への防御機能などは、いくつかの研究で主張されているものの、人体に対しての効能はまだ証明されいない、という状況のようである。

つまり、信じるしかないというやつだ。

ハーブ成分②:黒クルミ

黒クルミ外殻サプリメントの紹介文によると、古代ギリシャ時代から使用されている歴史の長い健康食品だそうである。お腹の健康によいと書かれているけれど、根拠は「歴史が長い」しか見当たらない。

英語(black walnut)で調べたらもっと色々出てくるかもしれない。

ハーブ成分③:オレガノオイル

オレガノは、スーパーでも売っているお馴染みのハーブ。トマトの煮込み料理などに使われる。

オレガノオイルには、抗炎症、抗菌、抗真菌、抗寄生虫の作用があるとされる。

見たところ広く信じられている様子だが、やはり民間療法的で、医学的な確実性はまだ示されていないようである。

ビオチン

ビオチンは、ビタミンBの一種で、皮膚や粘膜、爪や髪の健康に深く関与している。

おそらく、アレルギー性皮膚炎の治療効果、腸粘膜の修復を期待して使用されているのだろう。

カプリル酸

カプリル酸は、ココナッツや母乳に含まれる脂肪酸である。

腸に感染したカンジダ菌に対してカプリル酸が有効である、と栄養学者が主張している、という旨がWikipediaに記載されている(ややこしい)。

こちらも医学的に正式に認められているわけではない様子である。

結論

カンジダサポートの主成分は、いずれも民間療法的に有効なものばかりが含まれることになる。

医薬品ではないけれど、昔の人が薬と思って使っていた成分を集めたものがカンジダサポートというサプリメントなのである。

したがって、民間療法に対して疑わしいと感じる人は、このサプリメントは向いていないであろう。

けれども、代替の治療法があるわけでもないだろう。西洋医学バンザイの人たちは、ここで足を止めて、治らない病に泣き寝入りするがよい。

私個人にしてみれば、割と医学への不信感の方が強いタイプである。

「証明されていないことは全て間違いである」という医学の態度のせいで、多くの人が「病気とまでは言えないうっすらとした不調」に悩まされているのだ。

多くの人が効果を実感している以上、むしろ信じないのは意固地で、試してみるべきだと思っている。(とはいえプラセボで騙されるのも悔しいけれど)

そんなわけで、結論としては・・・

「民間療法を集結させてくれてありがとう。使ってみるよ」

そんな感じでどうだろう。

カンジダサポートの飲みやすさ

では、実際に飲んでみた感想を書いてみようと思う。

個人的な意見で言うと、普通に飲める。

飲みにくい要素といえばこのくらいか。

  • ちょっとでかい
  • ハーブ系の変なニオイがする

でかいといってもほんの少しで、カプセルなので味もなく、つるっと飲み込める。

ニオイについては、何かに似ていると思ったのだが、「ベルキューブ」というチーズのハーブ味の匂いだと思う。(もう売られてないかも…?)

プールの底のニオイがすることでおなじみの Nature Made「スーパーマルチビタミン&ミネラル」と比べたら、これで飲みにくいと言ったらバチが当たる。

「Take 2 capsules daily with food. 」とあるので、朝晩1錠ずつ飲めばOKだ。

飲んだ感想

さて、初めて飲んだ時は夕食後であった。

感想だが、腹のいわゆる「膨満感」をものすごく感じた。腹を殴られた後のようにング…ング…という違和感がずっと続いた。

レビューでも同じような不快感を感じる人が多い様子なので、余裕を持って服用するのをオススメする。

とりあえず飲み始めてまだ数日なので、数週間したら感じた効果を書いてみようと思う。

すでになんか良い気がするけど、気のせいじゃないと言い切れないので。

それではまた。