「言霊」の意味を理解した話

あいさつ

どうも、たけみやたけるです。

3曲作って3曲ともボツにした破れかぶれのなか、憂さ晴らしに記事を書いております。

先日、ついに作曲家デビューしました!

初の提供楽曲となるこの曲を聴きながら続きを見ていただけると幸いです。

片瀬萌南『メリトクラシー』

どうぞよろしくお願いいたします。

本題

「言葉には魂が宿る」とよく言われる。

発した言葉が現実になる!というトンデモな話。

けれども、嘘くさいとはいえ、なんとなく否定しきることもできず、小さい頃から疑問のまま残っていた。

そんな「言霊」の正体が、ついに言語化できるくらいに理解できたので書いていきたいと思う。

気づけば私が信仰している「アドラー心理学」「天風哲学」などがもろに関連してくる内容になるであろう。専門家とかではないのでたぶん素人くさくなるけれど、そのぶん本質的な部分だけに触れる思われる。

言霊の正体は「理由探し」

理由探し。端的に言うとそれだけなのだと思う。

「できる!」と言ったら、できる理由を探してしまう。

「できない!」と言ったら、できない理由を探してしまう。

「私は不幸だ」「私はかわいそうだ」と言う(心で思う)と、その理由ばかりを探してしまう。

つまり、自分の中の不幸な側面を切り出してしまうのだ。

天風哲学的にみると

「後付けの理由」が心を塗り替える

「世界は物の見方ひとつでまるっきり変わってしまう」という天風哲学。

例えば「何事にも感謝しなさい」という話。

血を吐くような病にかかった天風氏は、その師匠にあたるインドの人に「病気になったことを感謝しなさい」と言われる。

病に感謝するなんて到底受け入れられないけれど、ひとたび感謝してみる。すると、「死なずに済んでいることに感謝する」という理由づけが後から現れるのだ。

ここに言霊の正体が見える。

「病気よありがとう!」という結論があって、それを正当化する理由を無意識に探し当ててしまうのだ。

そうすることで、心は一気にポジティブに塗り替えられる。

「病は気から」の正体

また、人の心と身体をつなぐ「ナーバスシステム」の話もまさに言霊と同じ。

心がネガティブになると、ナーバスシステムが反応して、身体を弱体化させていくという。

「私は不幸だ。何もできない。なぜなら身体が疲れているから。何の能力もないから。」という風に、自身のネガティブな主張を捕捉するかのように、身体の弱い側面ばかりを切り出して並べてしまうのだ。

そうして正当化が完了すると、まさに「病は気から」というやつで、弱くなるための根拠ばかりを探して心身ともに衰弱していく。

誰しも、普通は無理なのになぜか気合いで乗り切れちゃった体験があると思う。それができたのは、言霊のような作用があなたのシステムを強くしたせいかもしれない。

アドラー心理学的にみると

結論ありきで根拠を探す

アドラー心理学で衝撃的なのは、「自分を嫌いだと思うのは、あなたが自分を嫌いたいと思っているからである」「あなたが怒っているのは、あなたが怒りたいと思っているからである」という大逆転の発想。

これも言霊につながる。

「自分なんて嫌いだ!」と思ったら、「なぜなら自分は…」「だってあのとき…」と連想し、理屈を固めようとしてしまう。

逆に「自分が好きだ!」と思ったら、無意識の一瞬で「たとえば…」と自分の好きなところを思い浮かべてしまう。

怒っているときも同じで、怒るための根拠を探し、「ゆえに私は怒ってもよい」と主張できる状況を作り出す。だからこそ自信を持って怒れるのだ。キレていてどれだけ弁明しても話が通じない人は、怒るための根拠だけを並べて、他のすべてを無視しているのだ。

逆に「私は楽しんでいる!」とひとたび思い込んでみたら、その場において自分を楽しませてくれる要素を見つけようとするだろう。「宣言」することがいかに大切かがわかる。

それはすなわち目的論

これは「まず目的(結果)を考えて、そのための道筋(手段)を考える」というアドラーの「目的論」の考え方にもぴったり当てはまります。

アドラーの「目的論」は、フロイトの「原因論」の逆と言われますが、言霊で考えれば、実際は同じようなものだと思います。

原因論では、理由を考えてから結果を考えます。「僕には才能がない。お金もない。人脈もない。だから音楽家にはなれない。」という風に考えて不安になる。

でも、その理由はすでに、自分の都合で切り出して集めた理由。「できない」や「諦めたい」という結論ありきで集めた理由なのだ。ということは、原因論って、単にネガティブな目的論とも言えるかもしれない。

逆に、「私は音楽家になれる!」と宣言してしまえば、ポジティブな理由や手段が出てくるものだ。例えば、「作家事務所にさえ入れたら」「いや、まず曲を作ってから考えよう」みたいに。

そうやってまず一歩進まないと、視界は開けない。結論なんて見えてくるはずがない。

だから、心を強くするためには、まず叶えたい目標を宣言して、目的論で考えるべきだ。

そう、自分は何がしたいのか。それに向き合うべし。他人のせいにせず、責任を持って考え続けるのじゃ!!

おわりに

こんな風に、言霊の正体は「理由探し」であるという結論に至りました。

「言霊やのに声に出してないやんけ」と思われたかもしれませんが、むしろ「心で思う」ほうが良い気がしています。

声に出しても、外界への責任感が増すだけ。「言ったからにはやらねば…」という使命感が増すのだと思います。

でも、そのプレッシャーで悪化したり、無理をして破綻することもあると思います。

心の底から「できる」と信じられないことは、口に出したって意味がないのです。

言葉にはいつも「本音」と「建て前」があって、やはり本音にしか言霊は宿らないでしょう。

だからこそ、むしろ他人に聞かれないように本音を発するのがいいと思うのです。

今回考えてみて、「言霊」は、心を強くする哲学とも結びついているように思いました。ぜひあなたもいつでもポジティブになれるよう、言霊を使いこなしていきましょう。

それにしても偉人の思想はすごいなと思います。ほんと助かる。感謝。

それでは、また。

メリトクラシー 聴いてね!